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上下一体で体に密着するユニフォームを不意に示され、柔道着しか着たことがない大島和子さんは面食らった。1984年12月、東京の日本レスリング協会。幹部に選手になってほしいと口説かれた。数日間迷ったが逃げ道はなかった

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80年代、協会は欧州で盛んになっていた女子レスの普及に乗り出した。「第1号」の白羽の矢が柔道3段の大島さんに立った。翌年、フランスの大会に出場。わずかな準備期間と練習では勝てるはずもなく惨敗した。日本女子レス界黎明(れいめい)期の逸話である

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同じころマットに上がり始めた3歳の少女が三重県にいた。吉田沙保里さんだ。元全日本チャンピオンの父・栄勝(えいかつ)さんの厳しい指導を受け汗を流した。その成長と歩みを合わせるように競技人口が増え選手のレベルも向上。世界選手権の国別対抗では89〜94年に6連覇を達成した

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2000年代には吉田さんが世界に躍り出る。五輪、選手権合わせて16大会連続の世界一に輝いた。無類の強さを示す記録は書き切れない。リオ五輪で金を逸した時「ごめんなさい」と号泣したのは「勝って当然」との重荷を背負い続けたからだろうか

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引退会見で吉田さんは「やり切った」とすがすがしい表情を見せた。父が開いたレスリング教室を巣立って昨年の世界選手権で2大会連続金メダルを獲得した「沙保里2世」も現れた。「若い選手にバトンタッチしてもいいかなと思った」。東京五輪では選手を支えるセコンド役が見たい。

(1月11日)

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