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満州開拓団の元団員ら長野で法要 犠牲者の慰霊に一区切り

「第5次黒台信濃村開拓団」の慰霊碑に手を合わせる元団員ら「第5次黒台信濃村開拓団」の慰霊碑に手を合わせる元団員ら
 1936(昭和11)年に満州(現中国東北部)に入植した「第5次黒台信濃村開拓団」の元団員らが20日、現地で犠牲になった団員の慰霊法要を長野市の善光寺雲上殿で開いた。戦後続けてきた法要は、元団員の高齢化で2年前にいったん終了の話が出たものの、団員の遺族の新たな参加で継続した。ただ、体調を崩す仲間もいる中、元団員たちは、平成の終わりに合わせ、区切りを付けようと考えている。

 暖かな陽気となったこの日、県内外の10人が法要に参加。慰霊碑に献花し、線香を手向けて帰国できなかった家族の霊を慰めた。当時の開拓団の集会や国民学校の行事で親しんだという「開拓団建設の歌」を全員で歌った。

 同開拓団は当時のソ連との国境近くに入植し、約1600人が暮らした。しかし、45年8月の終戦直前に参戦した旧ソ連軍からの逃避行で追い詰められ、集団自決などで千人超が死亡。生存者は400人前後だったとされる。

 慰霊法要は47年に善光寺で始まり、72年には元団員の同窓会が同寺雲上殿の敷地に慰霊碑を建立。多い年は200人超の元団員が集まったが、年々減ってきた。いったんは2017年に終える予定だったが、「最後の法要」と信濃毎日新聞が報じたのを機に団員の遺族が新たに参加。18年も同じ場所で営まれた。

 今年も、幼い頃に逃避行を経験した元団員が初めて参加。ただ、それぞれが年を重ね、体調を崩す元団員もいる中で継続は難しくなりつつあるという。自身も逃避行でソ連軍に捕まり、父を亡くした世話人代表の三井寛さん(84)=中野市=は「70年以上よく続けてこられた。今度こそ終わりになると思うが、思い残すことはない」と話した。

(3月21日)

長野県のニュース(3月21日)