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古びた蛇口から黒っぽいものがぶら下がっている。小玉スイカほどの大きさで深い光沢がある。落ちる寸前の水滴に見える。両手で包み込むと手のひらに吸い付くような感触がある。佐野暁さんの漆塗り作品「ぼく うるしぬりくん」だ

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金箱淳一さんの作品「ビブラション・カホン」は三つの箱から構成されている。鑑賞する3人がそれぞれ、箱を膝の間に挟む、膝に乗せる、箱に腰掛ける、と準備OK。誰かが自分の箱をたたくと他の箱がぶるぶる震え他者の存在が皮膚から伝わる

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長野市のギャラリー82で開いている「触れる美術展2019」である。4作家の22点を展示している。県信濃美術館が4年前から続けているシリーズで、今度が5回目。「作品に触れられる展示会を」という要望が目の不自由な人たちから出たのを受けて企画した“触感の美術展”だ

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人の五感のうち触感ほど大事なものはない―。慶応大学の仲谷正史さんが「触楽入門」に書いている。胎児は妊娠10週目ころから子宮壁に触れ触覚を身につけ始める。視覚や聴覚よりずっと早い。触覚を失うと自己の存在そのものが危うくなる、と

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会場の入り口に大理石、石こう、クスノキなど6種類の彫刻素材が展示されている。手に取って重さや質感を丁寧に味わう。ただの四角い塊が体の奥に潜む感覚を揺さぶり起こす。新鮮な体験だった。視覚、聴覚万能のデジタル時代だからこそ、訪ねたい美術展である。5月2日まで。無休。

(4月21日)

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