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<まん中にある金色の蕊(ずい)からは、何とも云(い)へない好(よ)い匂(におい)が、絶間なくあたりへ溢(あふ)れて居ります>。芥川龍之介の「蜘蛛(くも)の糸」には同じ表現が繰り返し登場する。お釈迦(しゃか)様がたたずむハス池の情景である。どんな香りか、気になっていた

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見ごろを迎えた上田市・信濃国分寺のハス田で先週末、宿題を果たすことができた。ここは池の端と違って間近に楽しめる。開きかけた紅の花に顔を寄せると、かすかに匂ってきた。大きく華やかな姿に似合わぬ、穏やかな香り。気持ちが安らぐようだ

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花の命は短い。早朝に開き昼ごろまでに閉じる。これを繰り返し4日目には散る。色が一番鮮やかで、花托(かたく)が黄金色に輝くのは2日目。雄しべから出る香りがもっとも強くなるのも、このときという。美しい花に出合うには早起きが肝心だ。古来、香りを取り上げた文芸は数多い

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花が開くときポンと清らかな音がするというエピソードも面白い。数々の作品に登場し、正岡子規も<蓮(はす)開く音聞く人か朝まだき>と詠んでいる。戦前、著名な植物学者らが不忍池で調べたが、確認できずじまいに。三浦功大著「蓮への招待」に詳しい

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信濃国分寺のハス田は15年前に水田を借り、塩入法道住職が鉢で育てていた苗を植えたのが始まり。今では23アールに広がり、近在のボランティア50人余が熱心に管理をしている。花は来月中ごろまで楽しめそうという。今度は早起きして、作り話とされる開花の音に耳をそばだててみようか。

(7月30日)

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