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「伊那谷が戦場」可能性指摘 登戸研究所調査 宮田でシンポ

登戸研究所についての研究成果を報告したシンポジウム=12日登戸研究所についての研究成果を報告したシンポジウム=12日
 敗戦間際、上伊那地方などに疎開した旧陸軍登戸研究所について調べている「登戸研究所調査研究会」は12日、昨年の発足後1年余りの調査結果を報告するシンポジウムを上伊那郡宮田村で開いた。会員ら6人が、本土決戦に備えて同研究所が住民部隊をつくろうとしたことや米軍の爆撃目標にされていたことを紹介、伊那谷が戦場になった可能性があったとした。

 同研究所は川崎市などで諜報や謀略で使う兵器や資材を開発。1945(昭和20)年4月に宮田村に本部、現在の駒ケ根市に工場を置くなど県内各地に疎開した。松代大本営(長野市)防衛のゲリラ戦を想定していたともいわれる。

 元中学教諭の久保田逸巳さんは、駒ケ根の工場で子どもが爆弾作りに携わっていたこと、地元出身の技師が地上戦に備えて住民組織をつくるよう研究所長に命じられていた史料があることなどを紹介。

 前市教育長の小木曽伸一さんは、工場長や労働者の証言から製造していた缶詰型爆弾は自爆用だったとし、「研究所は肉弾戦に備える工場へ変容していった」と話した。研究会事務局の松久芳樹さんは「もし終戦が遅れていたら伊那谷は戦場になっていたかもしれない」と語った。

(8月14日)

長野県のニュース(8月14日)