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終戦の日に 情動の正体を見極める

 「二度と戦争を起こしてはならない」「あの時代も悪いことばかりではなかった」―。

 戦争をテーマにした映画やドラマ、小説に寄せられる感想をネット上で目にする。

 「国のため、愛する者のため」に散った兵士の姿、くじけずに生きる銃後の人々のけなげさ…。断片的な物語からくみ取る「美」に共感し、涙する。

 戦争を知らない世代が表出する情動。問われるのは、心を揺さぶるものの正体を自身で見極めること、ではないだろうか。

<安吾の見た大空襲>

 1945年春。焼夷(しょうい)弾が降り注ぐ東京にいた作家の坂口安吾は、荒廃した街の光景を「堕落論」にこうつづっている。

 <私は戦(おのの)きながら、然(しか)し、惚(ほ)れ惚れとその美しさに見とれていたのだ。私は考える必要がなかった。そこには美しいものがあるばかりで、人間がなかったからだ>

 <戦争中の日本は嘘(うそ)のような理想郷で、ただ虚(むな)しい美しさが咲きあふれていた。それは人間の真実の美しさではない>

 文芸評論家の山城むつみ氏は「戦争について」で、安吾の文意を次のように読み解いている。

 <安吾は、うっとりみとれながらも、その美しさ、その理想郷に空虚や虚偽を見出すことを忘れていない>。安吾は「人間」と「考える」を手放さなかった。だから<戦争の美の力をその魅惑の中心において突き放しえた>。

 この批評の意味を、ずっと考え続けてきた。

 東京圏で活動する市民団体「history for peace(ヒストリー・フォー・ピース)」代表の福島宏希さん(37)と、メンバーの桐山愛音さん(19)に話を聞いた。

<抜け落ちた事実は>

 2年前に発足したばかりの団体で、福島さんを除く5人のメンバーは10代、20代だ。少数ながら戦争体験者から話を聞き、戦跡を巡る継承活動に力を入れる。空襲に遭った民間人への補償問題の勉強会も開いてきた。

 侵略戦争を肯定するような主張に福島さんは違和感を抱き、自分で戦史をたどり、ウェブサイトで発信していた。続けるうちに、実際に体験者に会い視野を広げたいと思うようになったという。

 「世の中に出回る情報は事実がそぎ落とされている。体験者から重い現実を聞くごとに、自分の中の戦争像がはっきりするようになった」と福島さんは話す。

 時々見る戦争映画には「日本の被害を描いた作品が多い。映像にはない面、日本は他国に何をしたのか。社会全体に掘り下げる動きがない」とも。

 いま世界を覆いつつある風潮にも通じる大切な指摘だ。

 トランプ米大統領がイスラム教徒や黒人、中南米の移民に向ける差別的言動を、市民の喝采が許している。格差をもたらす構造的な問題は脇に置き、威勢のいい為政者のかけ声に共鳴し、白人中心だった過ぎた時代に「理想のアメリカ」を見ようとする。

 欧州も同じだ。経済不況、財政難、移民流入、テロの原因には目が向かない。排他的な民族主義をとなえる政党に、多くの有権者が引き寄せられている。

 日本では、収まる兆しのない韓国との対立を少なからぬ国民が支持している。

 日韓請求権協定で「徴用工問題は解決済みだろう。協議に応じなかったのも韓国ではないか」。政府の主張をなぞるような「嫌韓」感情が先に立つ。国と国との協定に置き去りにされた、かつて強制労働に従事した人々の痛みに想像力が働かない。

<考えて自らつかむ>

 桐山さんは高校2年の時に広島の平和記念公園を訪ね、原爆ドームで若いガイドの話を聞いた。「過去、現在、未来…。当たり前のつながりを初めて実感した。強烈な感情が刻まれて、歴史を学ぼうと思った」と言う。

 「history」に入ると、戦争孤児となった人を取材して記録をまとめた。今月開いた戦争体験者7人の話を聞く会では、運営の中心役を担っている。

 刻まれた強烈な感情とは何かを尋ねると、桐山さんは「うまく言葉にできない」と答えた。体験者と話をする前と後で、戦争との距離感が変わったのを桐山さんは感じている。史実を調べ、考え続けることで「刻まれた感情」は輪郭を帯びてくるのだろう。

 「団体の活動をこれからにどう生かせるのか、難しい問題で悩んでいる。12月にワークショップを開いて『考える体操』をしてみます」と福島さん。戦中に傷ついた人たちが戦後どうなったかも追跡するつもりでいる。

 受け身では事の本質を捉えきれない。迷いながらも知ろうとする個々の行動を重ねることで、情動にとらわれない戦争の真相も語り継げるのかもしれない。

 安吾が自問した「人間」と「考える」。その実践を、若い世代の取り組みに見る思いがした。

(8月15日)

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