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語る責務 御嶽山頂に誓う 生還の2人が慰霊登山

御嶽山山頂手前で頂上に目を向ける蕪木さん(手前)と斎藤さん(右隣)=17日午前10時58分御嶽山山頂手前で頂上に目を向ける蕪木さん(手前)と斎藤さん(右隣)=17日午前10時58分
 御嶽山山頂の剣ケ峰(3067メートル)で2014年9月の噴火に遭い、生還した蕪木(かぶらぎ)峯子さん(74)と友人の斎藤和子さん(78)=ともに千葉県松戸市=が17日、噴火後初めて山頂に立った。噴火時の記憶を胸に刻み、慰霊のために登りたいと考えてきたが、7〜10月の入山規制解除でやっと実現した。噴火から間もなく5年。にぎわう夏山で犠牲者を悼み「何があったのか語ることが生き残った者の責務」との思いを深めた。

 台風一過のこの日、2人は剣ケ峰直下が規制解除されている木曽郡木曽町の黒沢口登山道から入山した。「あの日は紅葉がきれいで、にぎわっていた」と振り返る。

 14年9月27日、現在は9合目までしか行けない同郡王滝村の王滝口登山道から登り、剣ケ峰で昼食を取ろうとした時に噴火が起きた。斎藤さんは御嶽神社頂上奥社の祈とう所の軒下で噴石をしのぎ、軒下から外れていた蕪木さんは持参のリュックで頭を守った。

 噴火では58人が死亡、5人が行方不明に。32人が死亡した剣ケ峰には噴火時、50人ほどいたとみられる。「私が(誰かと)入れ替わっていたとしても何ら不思議ではない。何が生死を分けたか分からない」と蕪木さん。近くにいた登山者が破った窓から祈とう所内に入り、難を逃れたが、数人が火山灰に埋もれたままになっているのを見た。

 蕪木さんは、避難先の山小屋で聞いたヘリコプターの音が耳を離れず、その後もヘリの音を聞くたびに噴火時を思い出した。慰霊のために登りたいとの思いが募り、噴火から5年となる今年が「節目」と考え、春ごろから登る日を検討。誘われた斎藤さんも「80歳が近づく。この機会に」と同行を決めた。

 この日、御嶽山は噴火直前のあの時のように多くの人でにぎわっていた。蕪木さんは8合目の山小屋前から山頂を望み「大勢が亡くなった。見上げると切ない」。山頂が近づくにつれ、斎藤さんは「当時が思い出されて足が重い」と話した。

 山頂にたどり着くと、慰霊碑に線香を手向けて手を合わせた。供えられた千羽鶴に「これに乗って帰ってきてくれたらいいのに」と犠牲者を悼み、噴火時刻の午前11時52分、火口の方向を向いて黙とうをささげた。

(8月18日)

長野県のニュース(8月18日)