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伊那飛行場の一帯、米軍が空撮写真 太平洋戦争中に撮影

 太平洋戦争中、伊那市上の原などにあった旧陸軍伊那飛行場について、米軍が空撮した写真があることを、市内の戦争遺跡を調べている元高校教諭、久保田誼(よしみ)さん(77)が確認した。当時の米国戦略爆撃調査団の報告書に掲載され、爆撃対象の一つとも記されていた。久保田さんは「終戦が遅れれば市内も爆撃された可能性がある」とあらためて指摘している。

 調査団資料を所蔵する国立国会図書館(東京)によると、調査団はルーズベルト大統領の指令で1944年11月に陸海軍が合同で設置。爆撃の効果や影響、自軍の航空戦力の可能性を調査・分析し、軍事力の充実に役立てるため戦後に報告書をまとめた。同図書館がデジタル画像で公開している分だけでマイクロフィルム764巻に上る。

 今回の写真は、偵察機が45年1月28日に撮影。欄外に「INA(伊那)」「FIGHTER(戦闘機)」の文字と、位置情報の記入があり、写真右上の河岸段丘上に爆撃から戦闘機を守る掩体壕(えんたいごう)群と誘導路が分かる。一方、不鮮明な部分も多く、掩体壕群近くの滑走路ははっきりしない。

 写真中にある矢印「←」が何を指すのかも不明だが、県内の戦争遺跡に詳しい安曇野市豊科郷土博物館の原明芳館長(62)は「戦中に米軍が県内の飛行場を撮った写真は珍しく、貴重」としている。

 これとは別に報告書には、「格納庫3棟」「機数不明」といった伊那飛行場の状況や爆撃対象の一つであるとの記述、長野、松本、上田の各飛行場とともに形状や規模を記した地図もある。また、当時、中島飛行機半田製作所(愛知県半田市)が伊那市西箕輪に工場を疎開させ、付属飛行場も造る計画が進んでいたが、報告書には疎開先として石川県小松市、愛知県岡崎市とともに伊那市も地図に示され、米軍の高い分析能力がうかがえる。

 久保田さんはこれらの資料を、全国の旧飛行場などを調べている茨城県古河市の会社員初見研さん(47)らを通じて入手した。「米軍が伊那の飛行場などについて具体的に把握していることに驚いた」と久保田さんは話す。

 一方、報告書は一般公開されているものの膨大な量で、県内関係分の記述も各ページに分散。さらに全て英文のため、久保田さんは「今後は地域の若い人たちが報告書の研究を深めてほしい」と期待している。

(8月20日)

長野県のニュース(8月20日)