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大日向の歴史伝えていく 上皇ご夫妻訪問に感謝 旧満州引き揚げ者の子

昭和天皇の記念碑の前で、開拓団の歴史を次世代に伝える決意を話す堀川さん(左)と土屋さん=23日午後2時39分、軽井沢町昭和天皇の記念碑の前で、開拓団の歴史を次世代に伝える決意を話す堀川さん(左)と土屋さん=23日午後2時39分、軽井沢町
 静養中の上皇ご夫妻が23日に訪問された北佐久郡軽井沢町の大日向開拓地。退位後も変わらず気に掛けて足を運ぶ姿に、この地に戦後入植した旧満州(中国東北部)からの引き揚げ者は感謝の気持ちを強くした。新たな元号で迎える最初の夏。引き揚げ者の子の世代は「これからは自分たちが歴史をしっかり伝えたい」との思いを刻んだ。

 「よく来ていただいた。元気な姿を見られて良かった」。引き揚げ者で戦後、開拓地に入植した市川渥夫さん(84)は23日、自宅近くでご夫妻の車を目にし感慨を深めた。

 旧大日向村(現南佐久郡佐久穂町)から旧満州に渡った開拓団は、戦後の逃避行で半数近い約370人余が死亡。市川さんも父と姉を亡くした。1946(昭和21)年に11歳で帰国。47年に大日向に再入植した165人の1人だ。

 国策として戦前、戦中に進められてきた満蒙(まんもう)開拓に関心を寄せてきたご夫妻。67年ごろからは毎年のように大日向開拓地を訪れ、地元住民らとも交流してきた。

 2015年の元開拓団員との懇談には市川さんも出席。「予定の時間を告げる侍従を遮って、ご夫妻は熱心に質問を続けてくれた」。思いの強さが伝わったという。

 戦争があった昭和から戦争のなかった平成を経て令和へ。逃避行を体験した元開拓団員は高齢化し、20人ほどに減った。

 元号が変わった5月、元開拓団員の子の堀川正登さん(67)=軽井沢町大日向=は旧満州を、市川さんらと訪れた。11人いた兄姉のうち7人を満州で亡くし戦後、父母らが再入植した開拓地で生まれた。両親は満州での暮らしについて多くを語らなかった。「事実を正確に知り、次世代に記録を残したい」と訪ねた。

 堀川さんはこの日、自宅近くの畑で手を休め、ご夫妻が乗った車に頭を下げた。ご夫妻は、再入植の半年後に昭和天皇が訪れた際の記念碑に立ち寄った。堀川さんはそのことを聞き、同じく戦後生まれで兄姉3人を満州で亡くした土屋敏雄さん(67)と一緒に、足を運んだ。

 「戦争は多くの一般の人を巻き込む。自分の親たちが苦労して切り開いた土地の歴史と共に、伝えたい」。2人は開拓地を眺めながら話した。

(8月24日)

長野県のニュース(8月24日)