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優生手術判決 被害者を切り捨てるのか

 被害者の尊厳の回復を図るべき司法がその責務をなげうったに等しい。旧優生保護法の下で不妊手術を強いられた男性が国に損害賠償を求めた裁判で、東京地裁が言い渡した判決である。

 優生手術をめぐる2例目の司法判断だ。仙台地裁の昨年の判決と同様、除斥(じょせき)期間が経過しているとして請求を退けた。長く補償や救済の立法措置を怠ってきた国の責任も認めていない。

 除斥は、不法行為があったときから20年が過ぎると損害賠償の請求権がなくなるとする民法上の考え方だ。国側は、男性が手術を受けさせられた1957年を起算点とし、請求権は既に消滅していると主張していた。

 原告側は、損害は現在も続いているため手術時が起算点にはならないとし、仮に経過しているとしても適用を除外する事例にあたると訴えた。著しく正義、公平に反する場合は除斥期間の適用を制限できるとの判断を最高裁は過去の判決で示している。

 「不良な子孫」の出生防止を掲げた旧法は戦後半世紀近くにわたって存続し、差別による重大な人権侵害をもたらした。除斥期間を形式的にあてはめて国の賠償責任を免じ、被害者を切り捨てるかの判決は受け入れられない。

 さらに見落とせないのは、旧法を違憲とした仙台地裁の判決よりも姿勢を後退させていることだ。原告への手術が、子どもを持つかどうかを決める自由を侵害したことは認めたものの、旧法自体の違憲性には言及していない。

 旧法の下で不妊手術を受けた人は、国の統計に残るだけで2万5千人近くに上る。96年に法が改められた後も、20年以上にわたって被害は省みられず、政府は補償も謝罪も拒んできた。

 宮城の女性が一昨年、仙台地裁に提訴したことが状況を動かし、被害者による裁判は全国8地裁に広がった。国会では昨年、被害者に一時金を支給する救済法が成立している。けれども、国の責任はなお曖昧にされたままだ。

 原告の男性は児童福祉施設に入所していた14歳のころ、職員に連れて行かれた診療所で、訳も分からぬまま手術をされた。28歳で結婚した妻には、亡くなる直前まで打ち明けられなかったという。救済法に納得せず、裁判の場で国の責任を問うてきた。

 「とてもつらい。体が震えてくる」。判決後に語った言葉が胸を突く。長く声さえ上げられずにきた被害者の苦しみに、司法は背を向けてはならない。

(7月1日)

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