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ネット中傷対策 強引な議論は禍根を生む

 世論の盛り上がりに乗じるようにして、インターネット上の言論を過度に制約する仕組みができかねない。骨組みさえ見えないまま、新たな制度をつくることを先に決めるような議論の進め方は認められない。

 ネット上での誹謗(ひぼう)中傷被害の対策として、総務省が検討している「新たな裁判手続き」だ。有識者会議の中間報告案に、制度の創設を盛り込んだ。

 被害者の申し立てがあれば、通常の裁判を経ずに、裁判所が発信者の情報開示の是非を判断する仕組みを想定している。現在は、匿名の発信者を特定するための裁判に時間も費用もかかる。手続きを簡略化して負担を軽減する。

 総務省が有識者会議にこの制度を提案したのは、6月下旬の前回会合だ。具体的な中身の説明も、議論の積み上げもまだない。にもかかわらず、対策の柱として短兵急に制度創設が既定事実化しかねない状況に、7月の会合では異論が相次いだ。

 会議に加わる12人のうち弁護士ら6人は連名で意見書を出し、匿名での表現の自由と通信の秘密が損なわれないよう、慎重な検討を求めた。内容を後で決めるのは順序が逆だという声も出ている。もっともな批判である。

 裁判手続きの簡略化は、発信者の特定を容易にして被害の回復につながる可能性がある半面、不正の内部告発や政治家への批判といった正当な書き込みまで萎縮させてしまう懸念がある。企業が告発者や不都合な投稿をする人の情報開示を求める事例は実際にあり、乱用が広がりかねない。

 SNSで激しい中傷にさらされた女子プロレスラーの木村花さんが亡くなった問題をきっかけに、政府・与党は議論を本格化させ、規制を強める方向に動いた。自民党が6月にまとめた提言は、訴訟によらない司法手続きとともに、刑罰の強化も求めている。

 前のめりな姿勢の裏には、政権の浮揚につなげたい思惑に加え、ネットの言論にも網をかぶせようとする意図もちらつく。注意深く見ていく必要がある。

 ネットでの中傷に苦しむ人は少なくない。被害回復を図る法制度の見直しは欠かせない。一方で、法による規制や刑罰の強化に傾けば、言論・表現の自由を圧迫し、民主主義の土台が揺らぐ。

 ネット利用に関わる教育や事業者の自主的な取り組みを含め、幅広い対策を社会全体で進めていくことが重要になる。強引な制度の創設は避けなくてはならない。

(7月14日)

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