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地附山地滑り 記憶次代に 災害から26日で35年

松寿荘の跡地に立つ慰霊碑。発生から35年を前に、愛護会のメンバーが周囲の手入れをした=22日、長野市上松松寿荘の跡地に立つ慰霊碑。発生から35年を前に、愛護会のメンバーが周囲の手入れをした=22日、長野市上松
 1985(昭和60)年に長野市で老人ホーム松寿荘の入所者26人が犠牲になった「地附山地滑り災害」は26日、発生から35年を迎える。移転前の跡地に慰霊碑が立つが、年月を経て災害を知らない市民も増えた。今年も九州では局地的豪雨で高齢者施設が被災、土砂災害への備えに関心が高まっている。関係者は「若い世代に歴史を伝えたい」と気持ちを新たにしている。

 「犠牲者の中に親族がいたんですよ」。地元住民でつくる「地附山トレッキングコース愛護会」会員の山口銑二さん(74)は22日、定例の草刈りを終え、慰霊碑を見つめた。35年前の7月26日、松寿荘に入所していた親族らの命を大量の土砂が奪った。

 近くの山口さん宅は被害を免れたが、一帯は危険な状態が続き、当時の勤務先の社宅に5カ月間避難。最近も九州の豪雨被害などのニュースを目にするたび「人ごとでない」と当時を思い出す。

 「現場には亡くなった夫と何度も出掛けました」。入所していた義母=当時(82)=を亡くした長野市小島の田中政子さん(88)は振り返る。夫の聖(さとし)さんは3月に90歳で死去。元県警幹部で、生前「自分の転勤さえなければ母は入所せずに死ななくて済んだ」とずっと悔いていた。35年の節目に迎える夫の新盆の準備をしている。

 県を相手取った訴訟で原告弁護団代表を務めた長野市の弁護士中山修さん(71)は「随分と長い時間がたった」。頻発する豪雨災害に「リスク管理を常にしないといけない時代になった」と話す。

 愛護会は2009年に現場にトレッキングコースを開設、後世に伝えようと市民向けの催しを続けている。ただ、会長の小林勇さん(73)=長野市上松=は記憶の風化を痛感。親子連れの参加も多いが、地滑りを「知らなかった」と驚く若い親が増えているという。

 地元の湯谷小学校の児童は毎年、愛護会の案内で地附山に登ってきた。今年は新型コロナウイルスの影響で、4年生で予定した学習のめどが立たないものの、5年生は9月に登る計画だ。小林さんは「土砂崩れの源流まで登り、松寿荘跡地を見てもらう。ここで何があったか知ってもらうことが大事」と力を込める。

 22日、慰霊碑に現在の松寿荘の職員らが花を供えた。愛護会は26日に犠牲者を悼む。

(7月23日)

長野県のニュース(7月23日)