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桃沢夢宅の掛け軸見つかる 飯島生まれの江戸時代の歌人

今回見つかった桃沢夢宅の自画像(左)と、以前から保管する自画像を見比べる桃沢匡行さん今回見つかった桃沢夢宅の自画像(左)と、以前から保管する自画像を見比べる桃沢匡行さん
 江戸時代に飯島町本郷で生まれ、京都などで活躍した歌人桃沢夢宅(むたく)(1738〜1810年)が短歌と自画像を描いた掛け軸を、子孫に当たる同町の桃沢匡行(まさゆき)さん(88)が町内で見つけた。夢宅の娘が嫁いだ旧名主の家の土蔵にあったという。匡行さん宅と、夢宅の息子が養子に入った町内の家に以前からある掛け軸は、構図や歌が似ている一方で細部が違い、推敲(すいこう)を重ねた形跡が分かるという。

 上伊那郡誌によると、夢宅は号で、幼名は匡衛(まさもり)、隠居後は茂兵衛と名乗ったという。京都の短歌の第一人者、澄月(ちょうげつ)に認められて跡を継ぎ、故郷に戻っても信州の内外に数百人の門下生がいた。上伊那地域の短歌界に大きな影響を与えたとされる。

 掛け軸は縦95センチ、横30センチ。「自画像を描くが似ず、人に笑われるものになるだろう」という内容の短歌の下に、自画像を見る夢宅が墨で描かれている。匡行さん宅などにある2点の絵で夢宅は片膝を立てて、笑いながら頭に手を当てているが、今回の絵では正座をして無表情だ。

 郷土史を研究する匡行さんが、旧名主の家で史料を探した際に、棚の上に無造作に置かれているのを見つけた。匡行さんは「びっくりした。歌に使っている語呂や言葉の洗練さから、以前からある2点の方が後の作品だろう」と推測している。

(10月10日)

長野県のニュース(10月10日)