TOP2015年09月歩みだす山麓 遺族の講演会設けた校長の決断
講演会について打ち合わせる相渡校長(右)と所さん=16日、王滝小中学校

 犠牲者58人、行方不明者5人を出した御嶽山噴火災害は、27日で発生1年を迎える。犠牲者の遺族、自治体、火山専門家、住民たち...。戦後最大の火山災害を経験し、それぞれが課題を抱えながら御嶽山と向き合う。山麓から変化の兆しを見つめる。

 壊れて灰まみれになった携帯電話、デジタルカメラ、破れたザック...。噴火の恐ろしさと噴石の威力が伝わってきた。16日、木曽郡王滝村の王滝小中学校の校長室。まじまじと見つめた相渡(あいど)弘校長(58)は、息をのんだ。

 一呼吸置いて、愛知県一宮市の会社員所清和さん(53)に言った。「子どもたちに御嶽山で起きたことは、事実としてしっかり伝えてほしい」

 所さんは昨年9月27日の噴火で次男の祐樹さん=当時(26)=を失った。持参した携帯電話やカメラは大切な遺品だ。「ものすごい衝撃だった。子どもたちの目で見てほしい」と訴えた。

 相渡さんは25日、小学5年から中学3年までの計31人の子どもたちが所さんの話を聞く機会を設ける。「噴火の事実と火山とともに暮らすことを受け止めるきっかけになるのではないか」

 木祖村出身で、この4月、8年ぶりに王滝小中に赴任した。1985(昭和60)年から約4年、同じ教員の妻が王滝小に勤務した際に暮らした経験もあり、村は「第二の故郷」。ただ、教え子の大半は村外に出て、子どもの数は半減していた。

 校長として「学校を維持するのが最大の課題」と目標を定めた時、昨年の御嶽山噴火をどう捉えるか、迷いが生じた。「災害が起きる可能性がある村という負の印象を子どもたちに持たせたくない...」

 噴火災害と向き合うことを決断させてくれたのは5月、中学3年の生徒会長、藤本優佳さん(14)の言葉だった。「遺族の方の話をみんなが聞く機会をつくりたいんです」

 藤本さんは、両親が営む民宿に泊まった所さんから、御嶽山に再び登山者を迎えるために、山麓の人たちは噴火災害にきちんと向き合ってほしい―との願いを聞いていた。噴火から目を背けないために遺族の話を聞きたいと、相渡さんに直談判した。

 藤本さんの思いを知った所さんからの手紙が6月4日、相渡さんに届いた。祐樹さんとその婚約相手を突然亡くした父親の悲しみが切々とつづられていた。

 校長室で手紙を読み進むうちに、相渡さんに村を襲った別の災害の記憶がよみがえった。大規模崩落で死者14人、行方不明者15人に上った84年9月14日の県西部地震で、村内に住んでいた高校時代の友人を失った。一度失われた命は戻らないことを実感した。

 残り2年半で定年退職する。教員生活の締めくくりを児童・生徒数43人の王滝小中で迎えたのは、「友人が『王滝のために頑張れ』と、呼んだのかもしれない」。所さんと藤本さんの願いに応えようと決めた。

 相渡さんは8月19日、2学期の始業式のあいさつで、所さんの手紙に触れ、命の大切さについて考えてほしい―と呼び掛けた。9月9日の校長講話では、元理科教員の経験を生かし、炭酸水入りの容器にラムネ菓子を入れる実験を披露。勢い良く泡が出る様子に「噴火に似ていると言われています」。遺族の悲しみ、噴火を体験した山小屋の従業員の体験談も紹介した。

 31年前に県西部地震が起きた14日、教訓を伝えるために毎年行っている防災訓練で、校庭に避難した子どもたちに噴火災害にも触れながら訴えた。「自然は多くの恵みを私たちに与えてくれます。同時に、恐ろしい面があることを忘れないようにしてほしい」

 16日、所さんとの打ち合わせを終えた校長室に、藤本さんが入ってきた。所さんに「よろしくお願いします」とあいさつする横顔は、噴火災害を経て成長したように見えた。「子どもたちの記憶に噴火をとどめたい」。それが地域の将来につながると信じている。

2015年9月21日掲載