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麻の畳糸を後世に  長野・鬼無里で復元教室
(2008年1月28日掲載) 
 

<寒ざらし> 日の出前から氷点下15度の冷え込みにさらす畳糸。日が昇り、いったん凍った糸が解け、水分が飛ぶことで白さや光沢が増す=26日



明治時代から使われ、40年ぶりに稼働した麻撚(およ)り機(右)と糸合わせ機=25日



長さ約2メートルの麻の茎を「麻釜(おがま)」と呼ぶ特殊な釜で煮る「麻煮(おに)」=昨年10月12日
 

麻の繊維を均一に細く裂く。講師役を務める地元の年配者と、おしゃべりしながらの楽しげな作業が続いた=昨年12月9日





茎からはぎとった表皮の不要な部分を削り取る「麻(お)かき」=昨年12月9日

 昭和40年代初めまで、旧鬼無里村(現長野市鬼無里)で盛んだった麻の畳糸製造技術を後世に伝えようと、昨年10月から月1回、鬼無里ふるさと資料館などを会場に復元教室が開かれた。

 氷点下15度と冷え込んだ26日朝は、糸を雪の上に置き、湿らせて凍らせた後に日光に当てて乾燥させる「寒ざらし」作業を行った。最後の重要な工程だったが、好条件に恵まれ、白さや光沢を持たせた糸が完成した。

 復元教室は、鬼無里地区や大町市美麻、東筑摩郡麻績村などの住民らでつくる「信州麻プロジェクト協議会」が主催。栃木県から麻の茎約100キロを取り寄せ、高さ1メートル余の釜で煮る「麻煮(おに)」、皮をはぐ「麻(お)はぎ」など当時の工程をそのまま再現し、細く裂いた繊維をねじってつないだ。昨年12月には、「麻撚(およ)り機」「糸合わせ機」を40年ぶりに稼働させ、糸の形にした。

 教室には県内外から十数人が参加。同協議会長で、元鬼無里村長の風間俊宣さん(70)は「子どものころから糸作りをしていた」として、「麻の栽培から一連の工程すべてを地元で復元できるようにしたい」と意気込んでいる。

 製造した糸は、柔道家・嘉納治五郎が1882(明治15)年に開いた講道館の柔道畳を再現したいという横浜市の畳職人の呼び掛けに応じて、提供する予定だ。
 
写真グラフ 信毎フロント

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