TOP2012年03月桔梗8号は「色より味」で? 普及には時間がかかるか

 先日の信濃毎日新聞に掲載された、信州の新しいソバの品種「桔梗8号」。色が青みがかっていて味がいい、と前評判が高いようです。

 この桔梗8号は、昨年暮れにこの連載で紹介した「タチアカネ」と並ぶ、信州そばの有望品種。タチアカネは既に品種登録されて「桔梗3号」から、性格にふさわしい名前で普及していくだろう、と思われます。そこへいくと桔梗8号は、品種名を公募する段階で、普及が大きな課題のようです。

 その「来歴」は、塩尻市の桔梗ケ原(ききょうがはら)にある長野県野菜花き試験場で、「関東1号」×「信濃1号」より、個体選抜、系統選抜により育成された品種、ということで、頭に「桔梗」がついています。

 「特性の概要」として信濃1号と比較、成熟期が遅い、草丈が高い、収量はほぼ同等、などとされます。試験場の資料によると、品質及び食味官能審査では、▽果皮率は「信濃1号」とほぼ同等▽丸抜き(種皮)色、粉色とも緑色が濃い▽日本蕎麦協会官能審査表に基づく、ゆで麺の食味官能審査では、色と香りの評価が「信濃1号」より良かった▽味、食感は同等-とされています。

 桔梗8号は、新聞にも特徴として、「殻を取り除いた実が、信濃1号より緑がかっている」「ゆでたものも緑色が少し濃い」と書かれています。この「緑色」は今でも、新そばの時にたまに見かける色で、新そばが美味しい理由にあげられたりします。専門的には「内果皮(ないかひ)」と呼ばれるようです。

 近年は、昔と違って、ソバの皮(外果皮)をきれいに剥(む)く技術が発達し、青い(緑色の)内果皮がそっくりついた「剥き実」(「丸抜き」などと呼ばれます)が出回るようになりました。そうすると、製粉した時、またそば切りに仕上げた時に、かなりはっきりと青い色が出てきます。いや、実際は、製粉する時に内果皮をどれだけ挽き込むかで、蕎麦(そば切り)の色や味が違ってくるはずなのですが。

 青い色がついた新そばを毎年どこかで食べてみると、確かに産地では、青い色がついていると美味しい気がします。町場のそば屋でもそう思う時があります。そのことはそば屋もかなり気にしていて、新そばらしさをアピールする店もあります。

 緑色の剥き身は、そのまま製粉すればいい色に仕上がるはずです。しかし昔から、緑色の部分、つまり内果皮には一種の「えぐみ」がついてまわる、と言われることがあります。そのため、内果皮をなるべく含まない製粉方法が工夫されてきた、と聞いたことがあります。

 また、内果皮を含んだ丸抜きをそのまま製粉すると、粉が真っ白でなく、そば切りに仕上げたときに黒くなりがちです。いわゆる全粒粉で、「田舎そば」などに化けるとされます。今でも、新しい時期なら青い果皮が、半年もすると黒ずんでくるのが普通ですので、保存方法も課題になりそうです。(試験場では、丸抜きを「10度保管」で比較して、桔梗8号は信濃1号より劣化(?)が少ない、という結果を出しているようです)。

 当然のことながら、現在の製粉技術では、内果皮の一部についてまわる固い部分も、きれいに粉にしてしまいます。それが品質としてそば切りにどういう影響を与えるのか、昔と違って微妙な問題を含んでいるような気がします。

 そうした、そば屋の現場でどう使いこなすのか、という課題、あるいは技術の工夫などが楽しみでもあります。

     ☆

 じつは昨年秋に私は、奥信濃でタチアカネの栽培試験らしき畑を見かけたのでした。従来からある有名な信濃1号、タチアカネ、桔梗8号が並んで栽培されていました。

 後日に県農政部に確認したところ、タチアカネも桔梗8号も、信濃1号の系統の品種。それだけに、3者を近くで栽培すると、交雑するおそれがあります。奥信濃で見かけたものは、隣接してウネが作られていましたので、それから採取された種が、どれだけ純粋さを保っているのかどうか、よくわかりません。こうした点は、農家も、製粉会社も、自家製粉しているそば屋も承知しているはずですが、どうなりますか。

 たぶん、実際には隔離された畑で種を作って確保し、その種を使って本格栽培をする、ということになりそうです。

 この話をいくつかのそば屋に打診してみると、反応が大きく分かれました。

 話にすぐ飛びついたのは、農家から直接玄ソバを仕入れて自家製粉している店です。それはいいや、知り合いの農家に手配してみます、あるいは作っている農家を教えて下さいよ、と言われました。しかしある店では、蕎麦は材料じゃないよ、技術だよ、と言われて、まったく関心を示さない人も。

 考えてみれば、ソバの種の確保は、かなり難しい問題も抱えていて、外部から見ているより、ずっと面倒らしいのです。

 タチアカネにしろ桔梗8号にしろ、これが純粋種だ、と言われて栽培しても、その年にはすぐ実用化されるかどうか。というのは、ソバという作物は効率がよくない。種1粒からどれだけ増えるか、を比較すると、稲や麦などと比べて、増える量(率)は少ないのです。

 ですから、たとえば有望品種の種を1升とか1キロ確保したとして。1年目は1ウネだけ作る。2年目にはそこでとれたソバをほとんど全部、種として、隔離された広い場所に作る。まあ1反歩くらいでしょうか。1反歩からとれたソバを全部使い、何町歩もの畑に栽培して、初めて実用的に使う玄ソバが確保できる、というわけです。

 実際には、隔離された畑を確保するのはむずかしく、もともとの信濃1号と相当に交雑することを覚悟しなければならないのかもしれません。だから、桔梗8号です、と言って出された蕎麦(そば切り)の味が、どこまで信用できるのか、むずかしい性格がつきまといます。

 それでも、おそらく桔梗8号は、新そばの時期だけでなく、年間を通して青い色が強く出るようです。そのことを気にするそば屋は、重宝に使い分けするのかもしれません。

 新聞記事にありましたように、「農家への普及は早くて13年からになる見通し」だといいます。つまり今年は、大量に種を確保することから始める、ということのようです。

 試験場などでは、せっかく育成したすばらしい品種の良さを長持ちさせるために、「原種センター」で大量に作って、農家へ種を配布するといいます。栽培する農家の、工夫や努力が改めて問われることになりそうです。

 桔梗8号がこれから、信州そばの大きな特色として定着するのが可能かどうか。

 いい品種が登場したとなれば、各地の熱心な農家、そば屋、製粉会社などが目をつけて、すぐ違う地方で栽培が広がります。信州だけに限定する難しさがつきまといます。あるいは、手法がわかれば、他県でも新品種の開発を熱心にすすめるでしょう。

 そうした課題を背負いながら、地球温暖化の影響もにらみながらの、この業界全体の問題として、こうした動きがもっと活発になるのかもしれません。

 それはともかく、来年の秋には信州の各地に、新そばに真っ青な色のものがたくさん登場するのでしょうか。とても楽しみです。

2012年3月21日掲載

前の記事  サイトトップに戻る  次の記事

著者プロフィール