TOP2014年12月各地のそば祭りから(2) 時にはイキな味わいを

 前回、そば祭りの感想を書いていて、長くなったので途中で切ったが、もう少し、いくつか食べ歩いた感想を残しておきたい。

     ☆

 11月15日、上田小県地域へ出かけた。

 ○上田市武石の「武石新そば祭り」。会場は村の一番奥の観光会館。美ヶ原へ登る入口である。

 一昨年はたいへん美味しい蕎麦に出会えた。ソバの出来が豊作型で、味も良かった。去年は不作で、味がイマイチだった。有段者が指導している、と聞いた。

 それで今年はどうか、と思って食べる。去年ほどひどくはなかったが、 一昨年には及ばなかった。相席で隣に坐った人と、自分が食べる蕎麦の姿が微妙に違って見えた。恐らく、打つ人によって、長さや太さに違いが出るのだろう。地元らしさがだんだん減ってきたようにも感じた。

 別棟のガラス戸越しに打つ様子を見ていたら、この村(旧武石村)の伝統のやり方が薄れ、東京流に席巻されたかしら、と感じた。誰かが言っていたが、今年は皆有段者が打っているのだという。伸ばす場面では、細めの3本棒を使う人がほとんどだった。そうか、材料も含めて、都会と似たような蕎麦を出すイベントになってしまったか、と落胆した。

 庭にはいくつかの売店が並んでいた。中では餅つきの即売に長い行列が出来ていて、人気がうかがえた。付随する楽しさも、こうしたイベントの特色だ。

 ○どことなく消化不良な感じがしたので、最近話題になってきた、武石の「信州せいしゅん村」というグループが運営する食堂に入ってみた。ここの名物は「寒晒し蕎麦」なのだという。冬の寒い時期に、野外のタンクの冷水に浸し、乾燥させ(寒ざらし)、風味の増したソバ粉で打つ蕎麦が美味しいのだと、各地で(全国で)試みられている。しかし、たぶん、今は時期はずれだから、新そばが食べられるか、と期待した。

 やや遅い時間だったので聞いてみると、蕎麦が出来るという。じゃあお願いします、と注文する。出てきた蕎麦は、普通のもの、特に新そばの味ではなかった。妙な気がして、会計の時に聞いたら、これが「寒晒し蕎麦」なのだとか。一般の蕎麦より値段が少し高い。あれまあ、今ごろまで「寒ざらし」を使うことがあるんだ、と感心した。元はといえば、真夏のころにソバの風味が衰える、その対策のような性格があって「寒ざらし」が生きてくるのかと思った。今年の厳寒期に、あるいは早春に作った「寒ざらし」の粉が今も使えるのか、とびっくり。以前に茅野市で食べた「寒ざらし」そばを思い出した。特色がどういうものか、明確にした方が受けるだろうと、ここでも思った。

 ○武石村の帰りに、小県郡青木村の「収穫祭」に寄ってみた。以前から村全体でタチアカネという新品種に取り組んでいて、しだいに定着してきたかしら、という時期である。

 先週の7日に、「日本そばサミットin上田」の会場でタチアカネの蕎麦を食べたばかり。「青木村限定栽培そば タチアカネ」という看板が出ていたので食べてみた。口ざわりがよく、新そばらしい味で感心した。今まで何度かタチアカネを食べたことがあるが、一番よかった。扱いに慣れてきたせいだろうか。

 今度は道の駅で毎年開かれる収穫祭。去年は行列に並んで食べたものだが、今年は時間が遅くなってイベントの試食は間に合わない。それで隣のレストランがまだやっていたので入って食べた。やはり、新そばらしい味わいで、それなりに満足した。

 後日、村のそば屋でタチアカネを使った蕎麦を食べた。ピンとこない味わいだった。全部のそば屋が同じようないい味を出しているわけでもないようだった。

 また、収穫祭でソバ粉を買ってきて、「そばがき」にして食べた。粉自体は以前より質がよくなった印象だった。しかしタチアカネらしい特色、新蕎麦の力強さが物足りなかった。

 青木村のタチアカネの取組みは、注目されていい。村全体で栽培に力が入ると、他のソバとの交雑が避けられる。しかし、今年は、去年より栽培面積が減ったのかしら、とも思った。農家もそば屋も、味わいを生かす方策を積極的にやっていく必要があるだろうな、と感じた。

 ○なお、「日本そばサミット」では、長和町の「ダッタンソバ」の提供もあった。野外で食べた蕎麦は、少し黄色がかっていて、いかにもダッタンソバらしい。味は、これも何度か食べた中では一番よかった。研究が進んできたということだろうか。もう少しの味の向上があると、大威張りで天下に自慢し宣伝出来るような気がした。

 ついでに言えば、長和町の中でも以前、和田宿のそば祭りをのぞいたことがある。中山道の宿場の伝統があるのだろうか、運営はモタモタしていたが、蕎麦の味自体はなかなかのものだと感じた。タチアカネの蕎麦も、研究を重ねて大成して欲しいと思ったのだった。

     ☆

 ○11月16日、安曇野市の「信州安曇野新そばと食の感謝祭」に出かけた。今年で2回め。会場は穂高神社の境内で、去年と同じような仕組みらしかった。いくつものブースが出ていて、次々と蕎麦を食べ歩くのが楽しい。

 あるブースでは、待つ時間が妙に長くなった。ゆでるのが間に合わなかったらしい。受付の女性と昔の店のおしゃべりなんかが出来て面白かった。蕎麦はしっかりした作りで、味もわるくない。さすが、安曇野市ではもう老舗になる店の貫禄があった。

 まだお腹に余裕がある、と思って、すぐ隣のブースに並んだ。今度は行列が短く、じきに出来てきた蕎麦は、ここもなかなかの味だった。何より感心したのが、軽さである。さっぱりしていてスイスイと食べられる、お腹に負担がかからない...。こういう蕎麦はたまにお目にかかるが、最近ここの店舗で食べた時には感じなかった味わいである。そして食べながら、なぜか、さっきの蕎麦が「イキでないなあ」と思った。

 安曇野は、本来、蕎麦を栽培する・食べるという面では伝統の薄い地域。米どころとして有名だったし、農家もそれを誇りにしていたはず。こっそり聞けば、蕎麦を軽蔑している、という気持ちが今も相当に残っているようだ。とすれば、米食を尊ぶ気持ちを残しつつ、せめて、安曇野にふさわしい「イキな蕎麦」を開発して特色に育て上げて欲しいな、と思った。

 ○帰りに、安曇野市の高橋節郎記念美術館に寄る。ここでは毎度の「そば猪口アート展」が開かれていて、そこだけ無料なのだが、最終日だった。今年は作品が多く集まったので、展示を増やしての対応だという。

 たくさん並んだ美術品=工芸品の猪口の中から、自分が使いたい猪口の投票をやっているのが面白かった。私は数多い作品の中でも、半分実用的な小ぶりの猪口があって、これで食べてみたいな、と思った。大きな猪口は、汁をたっぷり入れて、蕎麦は箸を放して泳がせ、どっぷり浸った蕎麦をすするのに向いている。薄い汁で、汁の味も一緒に食べるのがいい。本来の麺の食べ方の一つだ。

 しかし安曇野では、そういう食べ方は似合わないだろう。東京の風流人を喜ばすような、蕎麦自体がイキなものになり、器なんかもイキなものが似合うのでは、と。

 伝統の食べ方が弱い地域なのだから、せめて、そうした要素を磨いて欲しいなあと思った...。

2014年12月12日掲載

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