TOP2015年08月早まるソバ栽培

 戸隠や開田など、県下各地で秋ソバの花が咲き始めた、というニュースが新聞に出るようになった、8月も20日ころからである。ひところよりずいぶん早くなったか、と感心する。通りかかった上田市郊外でも、咲き始めたばかりの真っ白な花を見かけた。蜂たちがたくさん来ている、豊作になるといいなあ、などと思いながら見物した。

 全体にソバ栽培の時期がだんだん早まってきたらしい。つまりは、秋ソバの種蒔きの時期が早くなったようなのだ。

 一般には昔から、7月下旬から8月上旬にかけて、あるいは中旬にまで、各地で種蒔きが行なわれてきたような気がする。

 とはいえ、種蒔きの時期は、昔も今も、場所により、かなりの違いがあるようだ。

 近年の特徴として、種蒔きの時期が早まったのは、農家の栽培省力化なども関係あるだろうか。水田転作のソバ栽培が増えている。平成26年度の長野県のソバ作付面積は、合計4,060ha(100%)のうち田2,580ha(63.5%)、畑1,480ha(36.5%)となっている(農林水産統計)。コンバインによる収穫など、機械化が進んだが、栽培方法や時期に大きく影響していると見える。

 一方で「地球温暖化」も言われていて、ソバの栽培適期がとらえにくくなったように感じる。特に今年は、早くからエルニーニョ現象が言われて寒い夏が予測されていた。しかし、だんだん、むしろ夏も秋も高温傾向だ、とも言われてきて...。確かに今年の夏は暑かった。この先、年々温暖化が進むという予測もされているようだが、予測はあまりアテにならない、という説も有力だ。

 いずれにしろ、こうした気候変動が、今年のソバの出来を左右するのかもしれない。豊作か凶作か、気候により大きく狂うらしいのが、ソバ栽培の困った特色とも言える。

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 ソバの蒔き時は、各地で相当に違いがあったことは、まだ古老の記憶に残っている。

 ソバ栽培が昔から盛んだった戸隠山麓では、麻(大麻)栽培の後にソバを蒔く場合が多かったという。麻は重要な換金作物だったので、肥料を充分に与え、大きく立派に育てて、冬場の現金稼ぎに加工した。麻を収穫した後にソバを蒔くのだが、麻栽培の肥料分が残っているので、ソバにはほとんど肥料をくれなくても済んだ。(ソバは荒れ地でも育つが、肥料分は多く使う作物だと言われる。)

 麻の収穫は、お盆(8月中旬)ころとか、三才山様(諏訪社系統の祭りで、8月27日前後が多い)のころまでには取り入れをしたもの、と聞いたことがある。そうすると8月中旬から下旬がソバを蒔くタイミングと言える。

 戸隠宝光社で、昭和20(1945)年の終戦の年、8月20日に57戸を焼く大火があった。その日にソバを蒔いていて、火事騒ぎで中断した、と思い出を語ってくれた女性がいた。あの1,000mに達するような高冷地でも、そんな遅い種蒔きをしていたのだ。

 こんな遅い時期に蒔いたソバは、例えば9月のお彼岸に毎年開かれていた「戸隠そば祭り」のころに花が満開になったようだ。そうした畑で、昔はみんな、この時期が花盛りだったですよ、と教えてもらったこともある。もう20年も昔の話で、この当時でもお彼岸の時期には花の時期が終わっている畑が多かったもの。

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 昔からの言い伝えの中に、「ハエ(蠅)が1匹止まったらソバを刈れ」というのがあった。つまり、ソバの花の後、熟してきた実が黒くなりかかかったらすぐ刈るのがよい、という教えである。刈って乾燥させている間に、追熟(後熟)という現象で、一定の実りが進む、と言われた。

 逆の見方では、霜が来る前に急いで収穫しろ、という意味でもある。遅く蒔いたソバは、霜にあうと収量がガクンと落ちるという。ただでさえこぼれやすい実なので、霜にあたるとさらに弱くなるのだ。

 そうやって霜が来る直前に収穫したソバは、二期作になるので、いわば「もうけ物」のような扱いだったのかもしれない。少しくらい単収(反収。単位当たりの収穫量)が少なくても、自家用としての量が確保できればよかったのだろう。そして味は、今も時々聞かれるが、早期の収穫(早刈り)が風味がよい、味がいい、と言われるような品質だったのかもしれない...。

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 飯田市の上村・下栗では、9月中旬にソバを刈る光景を見かけたことがある(やはり標高1,000mほどの高地)。まだ全体が熟す前で、青い実がたくさん残っていた。畑の端に立ててあったハザ(ハゼ)には刈ったソバが干してあったが、その実は真っ黒だった。干している間に熟していったのだろう。

 下栗では、急斜面の畑に、ソバは貧弱な幹を立てていた。収量はかなり少ないように見えた。しかし、このソバは風味がよく美味しいのだ、とは町のそば屋で聞いた話。製粉すると、粉になる歩合がいい、とも聞いた。生産が上がらない栽培が、かなり品質のいいソバ粉を生み出すのかしら、と感心した覚えがある。

 下栗の場合は、夏ソバと秋ソバの中間の性質のものかもしれない。

 夏ソバは8月の終わりには食べられる。松本市奈川ではその売り出しのそば祭りを開いたりする。

 戸隠で最近、秋ソバの花のころに、まだ芽が出たばかりの畑を見ることがあった。日照りや長雨の影響で芽出しに失敗し、もう一度、蒔き直しをしたらしかった。ソバは、そんな応用がきく植物なのだ。

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 下栗の場合、恐らくは自家採種で永年続けてきたものと思う。長野県下のいくつかの地区で時々言われる「在来種」のソバは、こうやって、条件の恵まれない地域でひっそりと伝えられてきたのだろう。

 その品種や栽培方法の研究などは、まだ進んでいないようだ。消滅しないうちに、記録する、復活する道があるといいのだが...。

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 近年は、秋の「そば祭り」が早まってきた傾向がある。今や10月に開催する地域がかなり増えた。ソバ栽培が早まったのは、祭りに合わせたからだろうか。

 そば祭りが、本来の地粉を使った新そばだとうれしいのだが。収穫時期とは無関係に開くそば祭りもけっこう見かける。味の方が心配になるが、主宰者の見識に期待しよう。

 昔のやり方にならって、遅く蒔いて遅くに収穫するのも面白いかしらん。私も試しに、ごく小規模に、これから蒔いてみようかしら...。

2015年8月27日掲載

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