TOP2018年07月戸隠そばの変化

 先日、機会があって、戸隠の蕎麦をいくつか食べてみた。中には極細もあったが、逆に極太の作りもあって感心した。戸隠そばは、ここ40〜50年の間にも、ずいぶんいろんな変化があったような気がする。そんな一端の紹介を簡単に報告しておきたい。

 最近の傾向として、「戸隠そば」の伝統を意識した作り方、打ち方が目立ってきたことがある。「戸隠そば」「戸隠流」と呼ばれる蕎麦(手打ちそば)は、本来どういうものだったかが、かなり忘れられてから復活してきたような印象を、私なんかは持っている。その古い打ち方が見直されるのはいいことだ。長野市あたりでは、従来の「戸隠流」の打ち方を持ち伝えるそば屋がいくつかある。ところが戸隠では、ほとんど見られなくなった時期があった。東京流(関東流)の打ち方が、多くのそば屋に広がってきて、びっくりするやら感心するやら...。

 しかし最近は、戸隠流と称する打ち方の店がいくつも見られるようになった。

 今回久しぶりに訪れた、ある宿坊のそば屋では、極太に近い太い蕎麦を提供していた。こんなに太い蕎麦は久しぶりで、戸隠では初めてだったかしらん。他にも、戸隠流を謳う店がいくつかあるらしい。また、若い人に技術を伝える機会とか、観光客に教える場などで、古い技法を意識的にやってみせることが目立っている。なかなか面白い試みと言えよう。

 古い技法、ということでは、例えば、粉を練る最初に熱湯を使う、伸ばすのに1本棒で丸く打ち広げる、などが上げられよう。戸隠に限らず、信州の農村地帯で普通に使われてきた技術だ。そして、あまり意識されないのは、40〜50年前までは、そば打ちは女性の役割、という場合がほとんどだったこと。男性より力の弱い女性が打つ、少し軟弱な蕎麦が主流だったように私は記憶する。板の間に膝をついて、大きな木鉢に覆いかぶさるように力をこめて練る女性の姿をよく見かけたものだった。

 最近は、そば打ちは男性がやる店が多くなった。力があり、技術の向上にいそしむ男性が打つ蕎麦は、結果的には東京流の細めのシャキッとした蕎麦に仕上がることが多い。戸隠じゅうのそば屋が、どんどん細打ちになっていった時期もあった。今は、細い・太い、固い・軟らかい、などいろいろな蕎麦があって、食べ歩きをすると面白い。しかし、これが戸隠流だ、美味しいよ、と統一して勧められる店が多くないのは残念だ。単に「ボッチ盛り」や「竹ザルに盛る」を戸隠流に数え上げるのは、進歩がない、というべきだろう。

 「ボッチ盛り」は、本来、この地方の農村で、「とうじそば」を食べていた時の習慣だろう。信州の他の地域でも、同じような盛り方をしている地域に出会ったことがある。また、竹ザルに盛るのは、これも本来は、1人前の小さな竹ザルでなく、もっと大きな竹ザルにぎっしり盛る、「とうじそば」向きの盛り方だったはず。

 戸隠流の1つとして上げられるものに、ゆでて冷やした蕎麦を、そのまま竹ザルに盛る、というやり方がある。いわば、「水切れ」の悪いのが戸隠の「ボッチ盛り」の特徴だった。これは、やってみればわかるが、ゆでてひやした蕎麦を、しばらくそのままにしておいて、やや固まった状態の時に、「とうじそば」にすると都合がよかった。今言われるような、食べる時に箸でとりやすい盛り方ではなかったはず。最近の小型の竹ザルに、1人前で5ボッチに盛りつける蕎麦は、たいがいは1すくいには多過ぎる。ごく細い蕎麦なら1ボッチ1箸でも間に合うのだが。だからというわけではないだろうが、水切れのよい、ボッチ盛りでない店もいくつか見かけるようになった。戸隠そばの美味しさは、本来は確かな材料、丁寧な作り、気持ちのこもった素朴な応対があってこそ発揮されるものだろう...。

 農村地帯との協力では、たとえば、「在来種」の研究がもっと広がると面白い。栽培面積の拡大や栽培手法の丁寧さが、見た目にも確認されるといいな、と思うこともある。古くから言われていた、大根オロシの上手な使い方も研究して欲しいと希望する...。

 「戸隠そば」の人気は、いっこうに衰えないようだ。以前、県外の有名蕎麦屋の主人に言われた言葉が忘れられない。「戸隠そば」は日本一の有名ブランドです、うらやましい、と。

 いくつか問題はあるのかもしれないが、全国レベルの比較では、"よくやっている"と評価されているのだろう。専門家やそば通の厳しい評価はどうかわからないが、一般には...マスコミの紹介なども含めて、相当に高く評価されているような気がする。

 その根拠は、他の有名観光地、有名産地の蕎麦と比較して、そこそこの味を保っていると見られているからだと思う。もちろん、水と空気が旨い、という好条件に恵まれていたからではあるのだが。

 また、信州らしく、ぶつぶつ小言を言う批評家がけっこう居て、それなりに批判されたことを反省しながらやってきたからでもあろう。

 厳密に言えば、戸隠に限らず、どこのそば屋も、自分が一番上手だ、と思って商売しているにちがいない。そんな自信からか、他人の味の評価を、すんなり受け入れるそば屋は滅多にない。それは戸隠でも同様だろうが...。戸隠では、軒を接して、というくらい、そば屋が集中している。数は、ジワジワ増えてきているようにも感じることがある。切磋琢磨(せっさたくま)して技術が向上し、応対も含めてもっと接客が上手になればいいと思う。

2018年7月30日掲載

前の記事  サイトトップに戻る 

著者プロフィール