TOP2018年09月とうじそば考(5) おにかけ・おっつき

 「とうじそば」はまた「おにかけ」などと呼ばれることがある。漢字をあてれば「お煮掛け」となろうか。この言葉にも、いくつか意味が込められるらしい。

 古い話では、島崎藤村の『千曲川のスケッチ』に、明治時代の小諸近辺の食べ方が少し出てくる。

 「蕎麦はもとより名物だ。酒盛の後の蕎麦振舞と言えば本式の馳走になっている。それから、『お煮掛』と称えて、手製のうどんに野菜を入れて煮たのも、常食に用いられる。...」(一ぜんめし)

 ここでは「お煮掛け」はうどんについて書かれているが、蕎麦も同じようだったのではないか。

 「お煮掛け」とは、トウジカゴで湯じた麺に、具(おこう)を少し入れてお椀に盛る、というのが一般的だったらしい。また、麺の他にわざわざ具をかける、という意味もあったようだ。つまりは、具だくさんの、時にはごちそうになり、時には増量剤にもなる。「おこうがけ」にもそんな意味合いが感じられたものだった。

 小麦粉も含めた麺食が盛んな地域では、冠婚葬祭に麺類がよく出されたという。「とうじそば」は、宴会の終わりに一斉に提供するのに都合がよかったはずだ。汁で温めてお椀に盛るだけで、どんどんお客さんへ出せる。イロリで、あるいは別にしつらえた大釜でもいいが、おかわりもすぐ続けられる...。

 この習慣は、今も続いている。宴会の最後に軽く蕎麦を振る舞うのは、かなり広く見られる風習である。昔から、セイロに冷たい蕎麦、ではなく、お椀に温かい蕎麦、汁もかけてある、が主流だったのではないか。「とうじそば」が向いている一つの理由のような気がする...。

     ☆

 もう一つ、宴会の始まる前に、麺を一口食べてもらう風習が各地にあったらしい。

 私が見聞きしたのは、中条村(今は長野市)で、昔の婚礼の様子を再現したイベントの時だった。花嫁行列の一行が、婚家の家に着いて、座敷に上がる時、まずは一つどうぞ、と出されたのが、お椀に入った一口か二口のソウメンだった。これは、宴会でたっぷりお酒を飲んで欲しい、空腹にお酒はよくないので、少しお腹に入れてから、本格的に飲みましょう、という意味だと聞いた。次から次と訪れる客に、どんどん出していくには、ゆでてある麺を、汁で「とうじて」出すのが早くて便利だ...。

これを地元では「おっつき」と呼んでいた。遠方から歩いてきて、お疲れでしょう、軽く一口どうぞ、という意味もあったようだ。

 「おっつき」は漢字を当てれば「落着き」となるか。意味合いは、旅の宿に着いた時にも、まずはお茶で一休みして下さい、と出されるお菓子のたぐい、だろうか。農村の自宅で行なわれる婚礼や葬式に、遠方からやってくる客人に、まずどうぞ、と出すわけである。場所によっては、お餅のような食べ物、あるいはお酒を一口、と出すこともあった、と聞いたことがある。もちろん、ソウメンやうどん、蕎麦の場合もあったと聞く。

 こうした風習は、相当に古くからあったらしい。

 『長野県史』には、鎌倉時代末の元徳元年(1329)に、木曽の小木曽荘で、京都からの視察の役人を接待した資料に「落着」が出てくる。遠方から出張してきた一行に、まず「サカムカヒ」(坂迎)の酒肴を出す。ついで「落着」として三日間の特別鄭重な食膳を用意して酒宴を続けたとされる。(『長野県史』通史編中世一、昭和61年)

 原文では「落着」は「ヲチツキ」と書かれている。昼食には「ヒルワウハン」(昼□飯...□=土編に宛)という特別食が出されたとされる。(『長野県史』同。『高山寺善本図録』1988年)

 「落着」や「□飯」などの言葉は、その後も各地に広がり、定着したらしい。長い年月の間には、内容が変化したものもあるだろう。たとえば『日葡(にっぽ)辞書』には―

 「Vochitcuqi.ヲチツキ(落着き)遠方から、または、ある所から到着すること. 例, Votchitcuqini nanzo agueozu.(落着きに何ぞ上げうず)今遠方から来た人、あるいは到着した人に何か食物を差し上げよう.」(岩波書店『邦訳日葡辞書』より)

 『日葡辞書』は、江戸時代が始まる、1600年ころに発刊された。日本に滞在していたポルトガル人の宣教師たちが作ったもので、当時の日本語の様子がわかる貴重な資料である。これによれば、やはり、「落着」は、到着した人に出す食べ物、という意味になっている。特別なご馳走、という意味は少ないように見える...つまり、現在も使われるような内容になっていたのかもしれない。

     ☆

 国語辞典にもいくつか載っていた。『広辞苑』には、「宿屋などに着いて先ず飲食する物」とある。古語ではなく、今も使われる言葉として収載している。類語として、「落着雑煮 婚礼の時の嫁の食べ物。」「落着の吸物」「落着の餅」が上げられている。

 『長野県方言辞典』には「おちつき」として、1おふるまいの際に出る「おこびる」(軽食)。2花嫁が「うまおり」でごちそうになる食事(うどんか餅であった)。3来客に最初に出す食事。とある。また「おちつきのもち」として、1婚礼の翌朝嫁に食べさせる餅。2婚礼の翌朝新夫婦に食べさせる餅。と出ている。

 『日本国語大辞典』では―方言として、「客を招いた時、正式の膳の前に出す食事。汁粉、うどん、酒などを出す。...」として各地の例が上げてある。長野県では上伊那郡(おっつき?)があった。他にも多くの例が提示されている。今も全国で使われている言葉であろうか。

 私が見聞きした、長野市近辺での「おっつき」は、麺が中心で、具(おこう)はほとんど入れないものらしかった。すまし汁のように上品なものも多かったようである。...これは明らかに、「お煮掛け」と呼ぶ、具を一緒に盛って食べるのとは違っている。

 トウジカゴを使って、麺を「とうじて」出すのは、いろんな使い分けがあったらしい、と私は感じているが、細かい話はだんだん忘れられつつあるようだ...。

     ☆

 こうして、麺を「とうじて」出すやり方は、冠婚葬祭に向いていたのだろう、と推測する。イロリ=火が一つでも、何とか多くの客に振る舞うことが出来るやり方、とも言えそうだ...。一種の合理性があったはず。

 本来、「とうじそば」とか麺を「とうじる」手法は、全国的な広がりがあったのだろうが、その状況は、あまり聞いたことがない。

 特有のトウジカゴは、信州でも北の方の戸隠、須賀川(山ノ内町)で今も作られている。この地方では山中の根曲がり竹(チシマザサ)を使うが、そばザルなども含めて、相当に丈夫な道具である。長年使い込んで、台所の片隅に残っている場合もあろう。トウジカゴがあれば、昔は「とうじて」食べたはず、と推測できる...。しかし、文献にはどこかで出てくるはずだが、ほとんど見かけない...。

 奈川村の「とうじそば」が有名になり、村内のいくつかのそば屋で今は食べることが出来る。その影響で、周辺の町村でも「とうじそば」を始める店が出来てきた。朝日村や松本市内でもいくつか見かける。木曽の開田高原でも扱う店が出来ている。北信では長野市でやっている店があるが、あまり盛ってはいないようである。一過性でなく、ずっと信州名物の蕎麦の一つとして、成長していって欲しいメニューである。

【追記】

 「とうじそば」は、インターネットで検索すると、たくさんの旅行記や店舗紹介の記事が出てくる。今やそんなに有名になったのか、と感心する。たくさんの人が経験すれば、別の視点からの情報や知識が拾えるというもの。どれが正しい、ということではなく、今、そんな話がたくさん流されている、と理解した方が良さそうだ。

 まだ長野県限りかしら、と思うが、だんだん全国的に広まっているのかもしれない。そろそろ、全国から「とうじそば」とか「お煮掛けそば」の話が持ち上がってくればいいな、と思う...。

(「とうじそば考」終わり)

2018年9月 5日掲載

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