妻が名付けた「半ばら豚丼」 先立たれて15年、今も店に立ち続ける
【朝日新聞のデジタル版連載「いつも、どこかで」 2026年5月17日配信】
「15年前、妻を亡くしました。そのとき、一度は店をやめようと思いました。それでも店を続けているのは、理由があります」
4月上旬、そんな取材リクエストが届いた。
送り主は、北海道帯広市で豚丼店を営む70代の男性。
店を訪ねたのは、ゴールデンウィーク前の4月下旬。
約束の時間より30分ほど早く店に到着し、記者だと明かさずに客として入店し、豚丼をオーダーした。
店の名物「半ばら豚丼」は、北海道産豚のロースとバラに特製のタレをかけて焼き、半分ずつ盛りつけた料理。
肉の上には、網走産の山わさびと、中札内(なかさつない)産の枝豆が添えられている。
記事で使うかもしれないと思い、箸を付ける前に写真を撮っていたら、厨房(ちゅうぼう)から声をかけられた。
「そんなに写真を撮られたら、きっと豚も照れてるでしょうね」
声の主は、店主の前田弘樹さん(73)だった。
お客さんがいなくなったタイミングで会計を済ませ、記者であることを明かした。
「そうでしたか。まずはうちの豚丼を食べてもらおうと思ってたんですよ」
焼き台を見ると、網の上に豚肉が乗せてあり、いつでも焼けるように準備されていた。
まもなく営業終了時間となり、店の奥の座席で取材が始まった。
私が最初に尋ねたのは「どうして取材リクエストを送ろうと思ったのですか?」ということ。
「妻のことを、この店のことを、ちゃんと残しておきたいと思って」
夫婦のなれ初めから、店を始めるまで、そして、軌道に乗った矢先に妻に先立たれたこと。
3時間を超える取材の中で、これまでの歩みについて話してくれた。
■転職の次は
妻の通子さんと出会ったのは、大学を卒業して入った帯広のクレジットカード会社だった。
通子さんは二つ年下だったが