さっぽろテレビ塔には、一日平均千二百名の来場がある。ゴールデンウィークの来場者はその何倍にもふくれあがり、展望台までの外階段四百五十三段を上るイベントもある。最速十五分、のんびり四十五分。それぞれのマイペースが塔を賑やかに彩る。 展望台から見る大通公園、石(いし)狩(かり)湾、手(て)稲(いね)山…
一ヶ月近く音信不通となっていた誠が、LINEの既読をつけたことで、家の中のよどんだ空気はおかしな具合に捻(ねじ)れた。 知美が自分から電話をしないことも、既読のみでなんの発信もしない誠のことも、同じ器の中の似たような問題によってなのだろうと思った。そして、驚くべきことにその器の中に太陽はいないとい…
太陽のLINEに既読がついたのは、大型連休を前に、テレビ塔が一気に忙しくなる直前のことだった。 暖房も不要になり、風も乾き、一歩外に出るとその爽やかさに日常抱えたあれこれが散って行きそうな朝、ふと開いたLINEの画面がいつもと違っているのに気付いた。 おとうさん――。 いまどこ? 一度、電話をくだ…
「書いている時は感情移入しませんが、読み返した時に『なんてひどい、こんなひどい話、誰が書くんだ』と思いまし…
閉めきったドームの中で、寅さんの声がやけに響く。普通に話す声がこれだけ響くのだから、楽器演奏となると音が割れてしまわないかと、ライブハウスでバイトをしていたときのことを思い出した。「企画営業課にお願いしたい仕事のひとつが、このプラネタリウムの再開です」 え、と声が出た。亜美はじっと懐中電灯に照らさ…
氷河期が終わった約1万1500年前の日本列島に花開いた縄文時代。約9千年間、安定した豊かな社会が築かれた。本書は「今日の縄文時代像が形づくられるうえで欠か…
私たちは気付かないうちに好きな相手、好きな本、好きな趣味を選択している。嫌いなものも同様だ。そうした好悪の理由や背景は第三者からはよく見えても、自分では意識できないことも多い。私たちの選好や行動…
テレビ塔の写真を見れば、なんとなく三階部分にドーム型をしたものが見え隠れする。角度によってははっきり見える。けれどもうそれが何であったかを知るひとは少ない。 小竹課長がそんな話をしながら、ペントハウスを思わせるドーム状の建物のドアに鍵を差し込んだ。「ドアはここと対面にあるふたつ。防災上も文句なし」…
半日遅れた配属先への挨拶。具体的な業務内容が知らされたのは、直属の上司である小竹課長が午前中にできなかった仕事を終えてからだった。 午後四時、タワッキーの手入れにブラシ掛けをしていた太陽は、小竹課長に呼ばれて地上九十メートル、展望台の階から始まる外階段出入口へ急いだ。亜美は既にすました顔で引き込み…
企画営業課の小竹課長が愛犬に噛まれて泌尿器科に運ばれた話は、瞬く間に社内に知れ渡った。午後になって本人が出社するころには、すれ違う誰もが「泌尿器科」についての質問をしたらしい。 小竹課長は午前中の休暇申請を提出して、午後二時、改めて会議室での挨拶となった。昔はバイトの女の子の憧れの的だったという小…
「おふたりには『企画営業課』でその力を発揮してもらいたいと思っています」 企画営業課は、テレビ塔キャラクターのタワッキーや、イベントの企画、レンタルホールや展望台の貸し切りプランを受け持つ、タワーの黒子と呼ばれる部署だった。 太陽の脳裏を、タワッキーと共にエレベーターから転がり出た記憶がかすめてゆく…
会議室の椅子に腰掛けて寅さんを待っているあいだも、亜美の視線は窓の外に注がれていた。配属先が決まる日の不安と期待は太陽も同じだ。 眼下に広がる街の景色には、ビルや直線を描くアスファルトの白線や、春を謳(おう)歌(か)する緑がバランスよく配置されていた。真っ直ぐに延びる道の向こうには深緑色の森がある…
箱を開けた瞬間、中にいる猫の生死が確定する―。安曇野市在住のミステリー作家、麻根重次さんの4作目「シュレディンガーの密室」(講談社・2035円)は、量子力学の思考実験「シュレディンガーの猫」を密室事件に見立てた長編…
研修を終えた翌日は朝から、五月開催のライラック祭りに向けた全体会議の見学をするようにとのことだった。 会議の終了後は休憩をはさみ、いよいよ太陽と亜美がどこに所属するのかを寅さんから聞くことになっている。 ライラック祭りでは塔の一階エントランスにある常設土産物店のほか、ラジオの公開生放送、屋外ライブ…
戦争に協力した人が、みな戦争に賛成していたわけではない。むしろ、当初は反対していた人もいる。戦前から女性参政権の獲得に尽力した市川房枝も、その一人で…