旅先での静かな時間「アフロの俺が俺で俺だ」(64)

6月下旬、広島県三原市にて

 今日は地方でのライブだった。

 体が千切れる程に声を枯らし、ステージを降り物販でお客と向き合う。

 「俺、絶対に国家試験合格します!」

 息を荒くする若者の意気込みに、握手で応える。そして打ち上げの最初の一杯を飲み干した後、スタッフ達を労い、先にホテルに戻った。

 部屋に入ると一気に疲れが出て、風呂にも入らずにベッドに倒れ込んでしまった。

 目覚めると深夜2時。

 洗濯を回さないと、と思い立ち汗で濡れた服を抱えて一階のランドリーへ。ドラム式の扉を開けて500円を放り込む。

 乾燥まで90分間。

 持て余した時間を過ごす為、フロント横のロビーのスペースへ向かう。もう半分位の照明は消されていて仄暗く、受付スタッフも奥のバックルームで休んでいる。

 BGMも消えて静まり、エアコンと自動販売機が時折、ゴー、と音を立てている。水を買ってソファーに座る。

 俺は旅先でのこんなエアポケットのような時間が好きだ。その程よい静けさに、普段じゃあり得ない濃度で誰かを思い出したりする。

 遠い街にいて、しかも深夜なもんだから思い出しても相手にバレない気がするのだ。勿論、東京の昼間だとバレるってことはないのだけれど。

 彼女はとにかく明るい人だった。

 多くのスタッフを抱え、店を盛り上げ、街中に弾けるような笑顔を振り撒いていた。俺が紹介した友人ともすぐに仲良くなって、気付けば俺抜きで飲みに行くような、そんな人。

 いつだって賑やかな輪の中心でキラキラしていた。

 だけど、その姿にはいつも微かに仕事の気配があった。プライベートを楽しんでいるように見えて、どこかで接待をしているような。

 自身が店の看板だという自覚が、悲しいくらい染みついている商売人。その苦味を噛み締めながら笑っているようにみえた。

 そんな彼女の真っ当なさみしさに触れた時、俺はさみしい人が好きなんだ、と気付いた。

 さみしい人は、一生懸命な人だ。

 向き合えば向き合う程に人に囲まれ、その期待に応えるべく、一層さみしさを身につけていく。それを人は「強さ」とも呼ぶのかもしれない。

 そんなことを教えてくれた彼女とも、今では疎遠になった。

 今頃飲み歩いているのか、それとももう眠っているだろうか。どうか元気でいて欲しい。

 俺はあなたのさみしさを思う度に、自分のさみしさを癒やすのだ。

 ホテルのロビーから、届かない言葉を胸の中で呟いた。

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