神様の気を引きたい アフロの俺が俺で俺だ(72)
祈るなら人気のない神社に限る。そう思っている。靖国神社や明治神宮など日本を代表するお参りどころは、多くの人の願いに応えなければならないから、どうしたって手が回らない。どう考えたって世の中には俺の願いよりも優先するべき問題があるし、日々の徳の高さが願いを叶える順番を決めるのであれば、絶対に俺は後ろから数えた方が早い。仮に
「部屋の寸法にピッタリ合うソファが見つかりますように!」
と願ったところで俺の願いが叶う頃には、まぁこんなもんだろ、と妥協して買ったソファが既に部屋にあったりする。こうなるとピッタリのソファを見つけてしまったことが、妥協への後悔を際立てることになる。ピッタリ合うソファを見つけたい、という願いは確かに叶ったはずなのに。
その点、不人気な神社はどうだろう。そもそも詣でる人が少ないから、速攻で俺の案件に取り掛かってくれる、気がする。
草が茂り、鳥居も朽ちかけているような仄暗い神社。俺はそれをアウトロー神社と呼んでいる。アウトロー神社は日本全国、どこにでもある。住宅地の隙間にこっそりとアウトロー。山道の脇にこそっとアウトロー。道すがら見つけると必ず、手を合わせに走る。よく行動を共にする友人は、名も知らぬ通りかかっただけの神社に手を合わせる俺を見て、相当に信心深い人間だと思っていた。だからある時、有名な神社の前をスルーしようとした時に
「お参りしなくていいの?」
と聞いてきた。俺は真っ赤に輝く立派な鳥居を見上げ
「こんな立派なとこお参りしたってしょうがねえだろ」
と切り捨てる。友人の頭の上にはハテナマークが浮かんでいた。
ちなみに年末年始など皆で遊んでいる時、イベント的に有名神社へお参りに行かざるを得ない場合は、大行列を背中に背負った状態で手を合わせ
「神様、こいつらがお騒がしてすみませんね」
そんな一言を添えるようにしている。人間代表みたいな顔をして。そして静かに短く
「いつもありがとうございます、押忍」
だけで締めくくる。
だってお願いばかりをしている奴らよりも、その非礼を詫びた上で感謝を伝えてくる奴がいたら、神様絶対にえこひいきしちゃうでしょ。
そう思ってここまで書いてみたが、そんな気味の悪い方法で気を引こうとする人間は無視されるのがオチか、と思い直す。どうりで最近、何もいいことがない。インフルエンザになりました。皆さんご自愛くださいませ。







