鹿島で崩れた人生設計 山雅の加藤拓己、「大然君」に学びはい上がった高校時代

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加藤拓己

 〈My Soul 山雅選手リレーコラム〉 加藤拓己

 3歳でサッカーを始めた時にはプロ選手を目指していました。生まれ育ったのが茨城県だったこともあり、自然にJ1鹿島を目指していました。

 鹿島のジュニアユースは、鹿嶋市の「本体」に加え、「ノルテ」(日立市)と「つくば」(つくば市)があり、自分はつくばに加入しました。日本一の狭き門と言われる鹿島アカデミー(育成組織)に在籍できたのは素晴らしい経験でした。

 高校生年代のユース、そしてトップチームへと階段を上っていく―。想像したのは、そんな未来でした。ただ、その人生設計は一度崩れました。

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