命を追い詰めた軍国の呪縛 特攻教官一家3人の死、問い続ける上田市の現場

会員記事
現場の慰霊碑に供えられた地蔵

■元信濃毎日新聞論説主幹 丸山貢一

 この夏、上田市塩田平の里山「猫山」を訪ねた。81年前、「終戦」から3日後の8月18日早朝に軍人の一家3人が命を絶った現場がある。

 慰霊と平和活動を続けている村山隆さん(79)の案内で東斜面の雑木林に入ると、慰霊碑がたたずんでいた。

 誰が供えたのだろう。小さな地蔵の置物が3体。辺りは日光が遮られて薄暗い。手を合わせるうち木々の葉が風に揺れ、ざわざわと音を立てた。

 一家は、熊谷陸軍飛行学校上田教育隊の助教官だった遊佐卯之助准尉=当時(30)、妻の秀子さん=当時(22)、生後27日だった長女久子ちゃん。

 検案記録によると、遊佐准尉は軍刀で割腹。秀子さんは短刀で自害。久子ちゃんは父母どちらかが短刀で殺めた。

    ◇

 遊佐准尉は上田飛行場で特攻隊員を訓練、指導していた。

 村山さんらの調査によると、上田で訓練を受け

長野県の求人情報
スポンサー 求人ボックス