キックボードで転倒 半べそ超え「8割べそ」 アフロの俺が俺で俺だ(78)
俺は風。今、風になっている。
電動キックボードに乗っていることを忘れて、東京のアスファルトを撫(な)でる風にな…あっ!ひゃぁっ!ガガッ!ギッ!ガシャーン!…いったぁい…くぅぅぅ…痛い。完全に油断していた。痛みを耐えて立ち上がる。なぜならここは車道のすぐ脇、後続の車が来るかもしれない。電動キックボードを起こし、歩道へと寄せる。ポールに突っ込みそうになり、急ハンドル&急ブレーキでずっこけたのだ。
右脚が痛い。膝がただならぬことになっている気がする。しかし目を向けてしまうと、完全に傷を認識してしまう。病は気から、という言葉があるし、怪我(けが)も気から。なんともない、という振る舞いをすれば傷の方も「あれ?ちょっと擦っただけ?」と勘違いしてくれるかもしれない。そんな思いから痛む箇所を見ずに、キックボードに乗り走った。
しかし、抵抗も虚(むな)しくハーフパンツの裾が肌に当たると冷たい。多分、血が付いている。いよいよ観念して、視線を膝に向けるとビッシャビシャに血が出ていた。俺がもし木で、血が樹液だとしたら今夜はカブトムシの大宴会、といったところ。流石(さすが)に現実を受け止めねばならない。近くの薬局を探そうとスマホに手を伸ばす、が、ない。スマホがない。大急ぎで事故現場へ引き返す。あのスマホには全ての仕事の予定、情報が入っている。血は膝の下を流れ、冷や汗が背中に垂れる。大急ぎで戻った現場、しかしそこにはスマホはなかった。
失意にくれながら交番へ向かう。先ほどまで、俺は風、などと嘯(うそぶ)きながら口笛を吹いていた。しかし今は半べそだ。半べそ男だ。そんな俺に三度目の悲劇、辿(たど)り着いた交番には「パトロール中」の札がぶら下がっていた。膝の痛みも増してきてさらに泣けてくる。流石にいい大人だから、全べそまではいかない。だけど半べそというには泣け過ぎる。これは8割べそだ、8割べそ男だ。思わず、目頭を押さえそうになったその時だった。
「あの、スマホですか?」
振り向き様、そこにいた女性は俺のスマホを持っていた。「さっき車道の脇で拾って、自転車の人が落としたのかなぁ、と思いながら交番にきて。そしたら足が血まみれで、泣きそうになってる人がいたので、絶対この人だ!って思ったんです!」
安堵(あんど)に勝る恥ずかしさ。顔が染まる。8割べそ男から顔面全真っ赤男へ。再び風になりたいと願うのでした。
(ミュージシャン)
〈次回は10月2日掲載〉







