信州の歴史研究の最前線を、長野県立歴史館学芸員らが記します。多層的な文化・歴史が分かります。
■県立歴史館名誉学芸員 山浦直人 大災害からの復旧に取り組む被災地の状況を見ると、命に関わる水、人や物資を運ぶ道、電力など、人々の暮らしを支える社会基盤の重要性を改めて痛感する。これらの恩恵を私たちは日常的に得ているが、その歴史を振り返る機会はなかなかない。今の長野県の姿をつくった明治大正期のイン…
■県立歴史館総合情報課主査・学芸員 林誠 去る8月31日、長野市中央通りの老舗「能登重鰹節(のとじゅうかつおぶし)店」が惜しまれつつ閉店し、約300年の歴史に幕を下ろした。その翌日、文字通り「看板を下ろす」ことになり、私も調査を兼ねて作業に協力させていただいた。その木製看板は、全幅2メートル近い大…
■駒沢大教授・加藤聖文 旧中山道馬籠宿(現岐阜県中津川市)に生まれた島崎藤村は、父正樹をモデルに大作「夜明け前」を書いた。主人公青山半蔵は、幕末の動乱期に平田国学の影響を受け、維新に期待をかけたが、その期待は裏切られて狂死する。 平田篤胤(あつたね)の国学は、本居宣長(もとおりのりなが)が発展さ…
■県立歴史館文献史料課文化財指導主事・花岡康隆 今から150年前の明治9(1876)年8月21日、現在の中・南信地域と岐阜県高山地方を管轄していた筑摩県が廃止され、その管轄域のうち、旧信濃国に相当する部分が旧長野県に編入された。ここに、かつての信濃国を範囲とする現在の長野県が成立したのだが、県の統…
■県立歴史館考古資料課長・贄田明 縄文時代の始まりを示す特徴の一つに、「土器の出現」を挙げることができる。それでは、日本列島において土器はいつ出現したのか。青森県外ケ浜町の大平山元(おおだいやまもと)Ⅰ遺跡では土器の破片が70点ほど出土し、そのうち5点に付着していた炭化物を放射性炭素年代測定法で調…
■県立歴史館文献史料課長・谷和隆 遺跡や遺物の年代を調べる方法として「放射性炭素年代測定」が一般的に知られている。通常の炭素より中性子が二つ多い放射性炭素(C14)が時間とともに規則的に減る現象を利用した年代測定である。考古学の研究において、信頼のおける年代測定として広く利用され、結果に疑問を持つ…
■県立歴史館総合情報課長 村石正行 古びた本を広げると小さな虫が這(は)っていた。シミ(紙魚)だ。博物館運営に携わる者たちの界隈(かいわい)では「かみくいむし」と呼んでいる。その名の通り魚のようにくねくねと動き、紙を好む体長1センチほどの虫。「蓼(たで)食う虫も好き好き」と言うけれど、大切な本を…
■県立歴史館考古資料課主任・文化財専門員 杉木有紗 平成6(1994)年、上信越道建設に伴う千曲市屋代遺跡群の発掘調査で、千曲川の旧流路や、その近くに掘られた溝跡から大量の木製品が見つかった。なかには、細長くて薄い板に複数の三角形状の切り込みを入れた遺物があり、特殊な形から木製の祭祀具(さいしぐ)…
■県立歴史館総合情報課長 村石正行 天正10(1582)年2月の初め。甲斐の戦国大名・武田勝頼の元にまさかの一報が届く。「木曽逆心(ぎゃくしん)」。木曽とは勝頼の妹婿で信濃国木曽谷の領主・木曽義昌のこと。義弟・義昌が織田信長に寝返ったのだ。無防備となった信濃の西口から敵がなだれ込んでくる。焦る勝…
■信州大学名誉教授 堀井謙一 今回ここに取り上げる話題は、一つの文字の読み方が地域史研究に影響を与える、という実例である。その素材となるのは、戸隠神社(長野市)の由緒や信仰のあり方を記した「戸隠山顕光寺流記并序(とがくしさんけんこうじるきならびにじょ)」(1458年)だ。長野県宝にも指定された戸隠…
■県立歴史館総合情報課主査・学芸員 林誠 戸隠と聞いて思い浮かぶイメージといえば、ギザギザと険しい戸隠山の山塊、もう一つは、杉並木に挟まれた奥社参道を一点透視図法的にとらえた光景ではないだろうか。 そのイメージの源泉の一つは、意外かもしれないが、明治末に丸山晩霞(ばんか)(東御市生まれ、1867…
■坂城町鉄の展示館学芸員 時信武史 県立歴史館(千曲市)で開催中の夏季企画展「戸隠の至宝~守り継がれた信仰と由緒」では、かつて修験(しゅげん)の地として栄えた戸隠神社(長野市、旧・戸隠山顕光寺(けんこうじ))ゆかりの宝物を一堂に展示している。その中に、刀剣類(日本刀)が含まれていることに驚く人が多…
■静岡市歴史博物館館長 大石学 霊験あらたかな聖地・戸隠は、古代から修験者(しゅげんしゃ)・修験僧の修行の場として知られ、中世以降は武士や庶民の信仰の場として発展した。平安時代末頃は、天台宗総本山の比叡山延暦寺(大津市)の末寺・荘園であり、別当(べっとう)(寺務統括職)は延暦寺が補任した。 寺伝…
■専修大学教授 小林昭裕 戸隠という山岳信仰地の特徴は、古代から近世に至るまで、修験(しゅげん)や真言密教、伊勢神道による影響を受けながら、戸隠の地主神は一貫して九頭龍神(くずりゅうしん)であったこと、戸隠連山への登山活動を宗教活動として奨励し続けたことにあるとされる。つまり、戸隠の独自性は、時代…
■飯田市美術博物館副館長補佐・学芸係長 織田顕行 戸隠神社(長野市)はかつて、戸隠山顕光寺(けんこうじ)と称する山岳修験(しゅげん)の一大霊場であった。往時の面影を現代に呼び起こすことは容易ではないが、今に伝わる仏像や仏画の数々は神仏分離以前の様相を物語る貴重な遺産といえる。今回の記事では、戸隠山…